熱狂ミュージカル…勝ち取れ

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毎年フィーバーしてるのが高校野球。

とこに今年は100回と言うこともあるのか、決勝戦まで勝ち進んだ高校が、やはり多くの人の目を引いたのか、毎日、テレビは持ちきりだ。

優勝するわけでもなく、準優勝でのこの騒ぎは、結局、多くの人の耳目を奪ったと言うことだろう。

いろんな物語が重なって、優勝できなくても、多くの人の注目を浴び、スポットライトを浴びると言うのは、ある意味、正しい社会なのかもしれないなぁと思ったりもした。

日頃の特に、子どもを特に高校生にもなれば子ども扱いするなとほざいてる自分からすれば、そんな厳しい世界も、この自由主義の社会だからなのかもしれない。

年功序列も関係ない、勝ったものがそれなりの賞賛を浴びる。

それは点数による勝敗とか、稼いだお金による多い少ないでもなく、多くの人が感動を共有したと言うことも含めて、そう言う社会でどう生きていくのかを、全国民に投げかけられているのかもしれない。

ミュージカルをやると言うのも同じ。

昨日、入団してダンスが下手だとしても、何かに秀でた才能があれば、引き立てられる、高校野球よりも、もしかしたら大変な世界かもしれないのだ。

芸術の世界にはそんな浮き沈みの話はいくらでも転がっている。

死んで評価されたアーティストなんて、どれだけたくさんあることか?

それでも、極めたいと言う夢があるから、どんな環境にでも耐えて、没頭できる。

心が張り裂けそうになることもあるだろうけど、それでもへばりついてでも作品を完成させていくと言うことこそが、しあわせな人生と言えるのかもしれないとさえ思うのだ。

天才は幼少期からその片鱗を垣間見せてるものでは無いと思う。

いくつになっても片鱗は出てきて、発芽するものだろうと思う。

発芽しても、それを育て美を実らせるまで頑張れるかも、また熱狂でしかないのだろう。

親が敷いたレールを走る時代は終わった。

自分でラッセルしながら、自分の目指す頂上へ向かうしかない時代になっているようだ。

親も先生も経験したことのない未来へ、漕ぎ出すには狂気しかないのではないか?

親や先生も応援する方に回れば、ステキな未来も訪れるだろうに、なぜか邪魔をする方に回るのはなぜなんだろう?

自分の道は自分で勝ち取らなくては何も始まらないよ(^^)

8月26日はミュージカル「図書館で会いましょう」鹿島公園です。

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