インプロはクズ|即興芝居とは全く違う

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インプロはクズで、即興芝居とは全く違う。

そもそも、演技を突き詰めもしない、まして発声とか滑舌、ストレッチなど基礎の基礎すら真面目にしないで、インプロとか、即興とかに行くことこそが、演劇文化を貶めている。

絵画でいうなら、絵の技術が全くない、でも絵を描くのが好きな子どもが、絵を描いて、「これはすごい」などと親が褒めてるようなものだ。

子どもならまだしも、大人が喜んでそんなことをしても、そこにセンスや絵心がないならただのクソだ。

ピカソはしっかりした絵画の基礎ができた上に、後半の抽象的な絵の世界が展開される。

もちろん、ボクの個人的な意見だが、それこそが即興とか何だと思う。

しっかりとした基礎や演技を考え、役者として技術があるからこそ、即興のお芝居に芸術性が生まれるし、人に感動を与える。

インプロは確かに演劇的な要素を教育や頭や心を解きほぐしたり、自己表現をしたりするためのメソッドとしてはいいかもしれない。

そして、やってると楽しい。

しかし、そのことが舞台を軽視し、人に舞台に上がるための本当の厳しさが見えた時に尻込みする要因になるとボクは思うのだ。

インプロは楽しくて、やってると見てる人も楽しんでくれるように見える。

それは芸術性とは全く違う、偶然の産物を面白おかしく見ているだけで、客の目もやってる側の感覚も壊してしまうと思うのだ。

インプロなどというものが、世に受け入れられ始めたくらいから、舞台芸術が軽く、演劇などはどんどん廃れ始めているように感じる。

インプロは否定はしない。

しかし、インプロというお遊びの中には、演劇の高尚さはないし、そこに繋がろうとするなら、なお一層の努力が必要なんだと思う。

人前で講演をするときは、しっかり原稿を書いて、それを諳んじ、推敲を重ねて、しっかり暗記をしてやれ!というのが基本だと言う。

素人が行き当たりばったりでやる話くらい面白くないものはない。

もちろん、聞いてくれる人に何と言っているか分かるように、発声とか滑舌は練習するようにとある。

楽器の演奏も同じだ。

最近ではスマホでも音楽が奏でられるようになっている。いくつものステキなパターンが用意されていて、ボタンさえ押せば、素晴らしい音楽ができたように感じる。でもそれだけだ。

いずれもセンスのある人はうまく使いこなし、その先の壁を乗り越えていくが、センス無き者は、挫折。

安直に人が喜んでくれるものに、大きな落とし穴があると思う。

インプロを学校教育などに取り入れるのはいいと思うが、現在、劇団や演劇を志す団体がインプロを取り入れてるところに将来はない。

もちろん、センスのある、プロとして活躍しているような役者がインプロや即興の練習を取り入れてるのは、全然いいと思う。

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