自分で努力して責任を果たすこと

例えば飲食店(喫茶店とかカフェ)を作ろうと、いろんな許可を取る。
その一つに食品衛生。
保健所からいただくのだが、決められた厨房の設備や注意があって、地域のリーダーの管轄に入ったり、そして一年に一回の講習会を受けなくてはいけない。
ま、そのための費用もかかるわけで、
他には消防署にお話を伺って、内装のいろんな作りにも配慮しなくてはいけなくなる。
消化器も買わなくては🧯
そうやって、お金も労力もかけて、自分のやりたい店を持つことになる。

さて、これからはこれにコロナに対応するための費用もかけなくてはいけなくなる。
もちろん、食中毒を出してはいけないように、コロナをうつしてもいけなくなるのだ。

食中毒を出したからって、保健所がお金を援助してくれるわけでもなく、設備を作ったからって保健所や消防署が協力金をくれるわけではない。

それが当たり前だ。

運転免許も同じだ。
あれだけの時間とお金を払って取った免許があるからと言って、事故を起こしても助けてくれるわけではない。自分が怪我しても、何かを破壊しても、他人を傷つけ、殺したにしても、罪が軽くなるわけでもない。

人はそれが当たり前だと思って、免許を取得するのだ。

コロナがナニモノかわからない第1波の時は仕方ない。
でも、2波になると、ある程度わかってくる。
大したことがなくても、インフルエンザと自分がわかっていて、わざと他人にうつしたりすると、それは犯罪になる。
コロナも同じだ。
人が集まる場所を作って、一儲けしたいとか、そんなところを作るのが夢だったと言って、そこを職場にするなら、そこには責任が伴うはずだ。

店をコロナ対応にするのは、当たり前だし、手前でやるのが当たり前だ。
それを役所から許可をもらってステッカーをもらってそれを貼れば、お客さんも安心して店の門を潜ってくれる。
仕入れに対しての創作物でお客さんに対価を払ってもらい、少しでも黒字を出さなくてはいけない。

それが当たり前の商売だ。

ステッカーをお金を出していただくのと同じなのに、協力金としてお金をもらうとか、確かに有難いが、それは許可を出す方がやってはいけない。

役所は安心を後押ししてくれればいいだけで、後はオーナーの才覚で儲けるなり、信用を作るなりするかなのだ。

それが独立した社会ではないのだろうか?

そこに商機がないのに、そこにすがっても他人様に迷惑をかけるだけだ。
自分で起業したいなら、勝てるところ、ホントに自分が好きなところで、自分が自分の責任のもと、努力をするしかないのではないかと思う。

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