古い場所には、残したい「不揃い」がある

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築100年を超える銭湯跡にいると、ときどき考えることがあります。

古い建物に手を入れるとき、どこまで直して、どこを残すのがいいんだろう。

安全に使えること、気持ちよく過ごせることは、もちろん大切です。照明や空調、使い勝手も少しずつ整えていきたい。でも、何もかも新しく、まっすぐ、きれいにしてしまったら、この場所らしさまで消えてしまうような気もします。

少し色の違うタイル。長い時間を感じる壁。人が行き来してきた跡。番台から見える景色。

昔の銭湯を知っている人には思い出があり、初めて来る人には、どこか懐かしい不思議な空気がある。建物が長い年月をかけて身につけた表情は、新しく買って置けるものではありません。

舞台づくりにも、少し似ています。

きれいに整えるだけなら、もっと効率のよい方法があります。でも、人の声が少し震えたり、予定どおりにいかなかった瞬間に誰かが助けたりする。その不揃いの中に、人間が一緒につくる面白さが現れることがあります。

もちろん、「古いから、そのままでいい」という話でもありません。残したいものと、直さなければならないもの。その見極めは、思っていた以上に難しい。

自分が気に入っているから残したいのか。訪れた人にも心地よいものなのか。思い出を守ることと、新しい時間を迎えることは、両立できるのか。

答えは、まだはっきりしません。

ただ、この場所に来た人が、少しゆっくり息をして、タイルや番台を眺めながら「ここは昔、どんな銭湯だったんですか」と尋ねてくれることがあります。

そんなとき、建物が残っているだけではなく、昔と今の時間が短い会話でつながったように感じます。

新しくすることと、受け継ぐこと。

その間を行ったり来たりしながら、この銭湯跡に似合う形を、ゆっくり探していきたいと思っています。

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